白内障手術に際して眼科医として考えること
私は、眼科医になって今年で30年目になります。これまで、大学病院、各地の中核病院、北見赤十字病院、道内外の眼科病院・眼科クリニックそして菅原眼科において、白内障手術をはじめとして、硝子体手術、網膜剥離手術、緑内障手術など幅広く数多くの手術を手掛けてまいりました。
現在は、菅原眼科で開業医の立場として、より多くの方々に、より早く、“明るい世界”を取り戻していただくために、勤務医時代よりも、より多くの白内障手術を手掛けさせていただいております。
白内障手術は、日帰りの手術で、局所麻酔、正味10~15分程度の短時間で終了する手術です。傍から見ると“簡単な手術”のように見えるかもしれませんし、“簡単な手術”というイメージの方が、患者さんにとっては、恐怖心がなく手術に臨めて良いことだと考えることもできます。しかしながら、その短時間の手術には、色々な意味で盛りだくさんの内容が詰まっています。
今回は、白内障手術について、手術中のみならず手術の前後も含めて、私が考えていることについてのお話をしてみたいと思います。
白内障手術の決断
白内障手術をするかどうか、白内障を受けるタイミングは、基本的には、患者さんが手術を希望されるかどうかで決まります。白内障は、ほとんどの場合、進行が緩やかで、急いで手術をしないと失明してしまうとか、結果が悪くなってしまうということにはなりません。まれに、進行しすぎた白内障や怪我によって急激に生じた白内障、急激に発作的に生じた緑内障に伴う白内障などにおいて、緊急に白内障手術をしなければならない場合はありますが、ほとんどの白内障手術は緊急性はありません。
患者さんには、視力低下の原因が白内障であること、手術を受けることで視力の改善が期待できることをお話したうえで、手術に緊急性はないこと、手術のタイミングは患者さん本人のお気持ち(ご家族のお気持ちも参考にします)によることを必ずお話するようにしています。
その結果として、患者さんが、手術を希望されるという意思を表明されれば、手術の日程を決定することになります。自動車運転免許の更新日が迫っている場合など、患者さんは早めの手術を希望されている場合には、できるだけ早い日程で手術を受けられるように配慮します。
白内障手術に向けての準備
一口に白内障と言っても、白内障それぞれに個性があります。白内障の程度が強いか弱いか、白内障の塊が硬いか軟らかいか、白内障のどの部分が濃いか薄いか、白内障を包み込んでいる膜が強いか弱いか、白内障を支えている靭帯が丈夫か弱いか、瞳孔が開きやすいか開きにくいか、眼球自体が大きいか小さいか、瞼の開きが大きいか小さいか、眼球を動かさずにいられるか、眼球を指示通りに動かせるかなど、手術の計画を立てる際のチェック項目を医師は診察の際に確認します。また、眼のみならず、患者さんの全身状態、性格、生活背景なども手術に臨む際には重要なチェック項目となります。医師およびスタッフは、これらの様々な情報をもとに、それぞれの患者さんの手術に向けての準備をしたり心構えをしたりします。
白内障手術では、白内障の濁りを取り除いた後に、ピント合わせをするための眼内レンズ(人工水晶体)を眼球の中に埋め込みます。眼内レンズには、様々な種類、様々な度数(厚さ)のものがあります。患者さんが、どのような見え方を希望されるかや、患者さんの眼球の大きさや形などによって、どの眼内レンズを入れるかを決定します。手術前の手術についての説明の際に、患者さんに手術後どのような見え方の選択肢があるかを詳しく説明し、患者さんの希望を伺うことになります。その希望を基に、患者さんの背景(職業、趣味、それまでの眼鏡への依存度や眼鏡の種類、年齢、性格、家族構成、生活環境など)や眼球についての検査データから、実際に埋め込む眼内レンズを医師が最終決定します。白内障手術は、一生に一度の一大イベントで、その方のその後の人生を大きく左右することにもなりますので、それぞれの患者さんの未来を想像しながら熟慮の上で眼内レンズを決定することを私は常に心掛けております。
白内障手術当日
白内障手術当日、私は、手術室に入る前に体調や気持ちを整え、「自分は何のために今の立ち位置に存在しているのか」「患者さんが眼を自分に預けてくれているという事実と意味」などを自分に問いかけるようにしています。そのうえで、患者さんを治すという強い決意と責任をもって手術室に入ります。眼球はとてもデリケートな臓器です。傷がついてしまうと再生不能で見え方に大きな影響が出てしまう部分もあります。わずか直径24ミリの大きさの眼球内(白内障手術での操作をする空間は3ミリ程度の幅の空間)に道具を入れて手術をするので、わずかな動きやブレが大きな影響を与えることがあります。それ故に、とても慎重に操作を行う必要があります。わずか10~15分程度の短時間の手術ですが、その中でいくつもの行程があるので、手術を行っている側としては、“簡単な手術”と言われると、“苦笑い”になってしまうというのが正直なところです。手術では、やはり、それぞれの患者さんによって眼そのものも、それ以外のことも個性があり、予想の範囲内のことも予想外のことも様々なことが起こりえます。そんなときも、前述のような自分への問いかけを事あるごとに思い起こして、責務を全うするために全力を尽くすようにしています。手術の日は、午後から9件前後の手術を連続して行うことが多いですが、プロ野球の先発ピッチャーが勝利のために、1イニング1イニング、1球1球を丁寧に投げる、たった1球の失投で勝利を逃すことに繋がるということもイメージしたりします(但し、私は野球経験はありますが、ピッチャーの経験はありません・・・。)。1件1件は、私にとってはそれまでの眼科医人生の通算の手術の約1万件分の1件ですが、それぞれの患者さんにとっては人生のうちで唯一の手術(両眼手術を受けることになれば2回ということになりますが)です。そのことを常に肝に銘じながら手術に臨んでいます。かつて、私が若い頃、難症例の手術に一緒に入っていただいた指導医の先生から、「急がば回れ。」という言葉をいただいたことがありました。シンプルな言葉ですが、その言葉は今でも私の心に強烈に焼き付いていて、手術の様々な場面で脳裏に蘇ってきて助けになってくれています。また、かつて私が若手の先生の指導する際には、手術を短時間で終えることが目的ではなく、あくまでも手術を丁寧に遂行し目的を達成することが重要であって、結果として短時間で終えることができたら尚良いということは常々伝えておりました。私自身もその考え方は常に忘れずに丁寧な手術をしようと心掛けております。1イニング1イニング、1球1球集中して、予定通り全ての手術を終えるとホッと一息です。
白内障手術を終えてから
白内障の手術を終えても、それで全てが終わったわけではありません。手術後の経過観察もとても重要です。白内障の手術は、医療の知識と技術の進歩で、最近は非常に安全性が高く、治って当たり前というイメージの手術になっていますが、手術である以上、合併症という患者さんにとって不都合な事態が生じる確率はゼロ%ではありません。例えば、手術後に傷口からバイ菌が眼球内に入って、最悪の場合視力を失ってしまうこともある合併症が、全国的には2000人に1人位の割合(最近はもっと少ないという報告もあります)で生じてしまうこともありますし、それほど重篤ではなくとも、痛み、異物感、見えづらさなど様々な症状が術後に生じる可能性は、医師が完璧に手術を終えたと思っていても常にあります。そのような様々な患者さんの訴えに耳を傾けて、手術後何か月経っても何年経っても、しっかりとアフターケアをすることも、手術を手掛けた医師の責務です。手術を手掛けた患者さんを生涯にわたってフォローするという気持ちを持ち続けることは、医師として常に忘れてはならないと思っております。

