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29年ぶり 〜先人たちの想いを繋ぐ〜 旭川医大野球部、一部リーグ昇格おめでとうございます!

[2024.08.04]

 2024年8月2日で、開院して3年9か月が経過しました。この日までに、11685名の新規の患者様が来院され、3556件の手術(このうち白内障手術は3495件)を施行させていただきました。

 さて先日、私がかつて学生時代に所属していた旭川医科大学準硬式野球部が、北海道地区大学準硬式野球連盟の二部リーグ戦において優勝を果たし、一部リーグとの入れ替え戦にも勝利し、来年からの一部リーグへの昇格を果たしました。実に29年ぶりの一部リーグ復帰となります。

 29年前、一部リーグに所属していたのは、私の現役時代であり、旭川医大野球部の長い歴史のなかで唯一、一部に所属していた時代(2年間のみでしたが)で、それ以来の一部復帰となりますので、個人的にはとても感慨深いものがあります。

 ところで、『準硬式野球』を皆さんはご存じでしょうか。『硬式野球』、『軟式野球』は、耳にされたことはあるかもしれませんが、『準硬式野球』は、あまり馴染みがないと思います。硬式、軟式、準硬式の違いは、野球において使用するボールの種類の違いです。硬式球は、文字通り硬いボールであり、表面は皮で包まれ、糸の縫い目があります。軟式球は、硬式球に比べ軟らかく、表面はゴムで包まれ、糸の縫い目はなく、糸の縫い目に似せた凹凸があります。準硬式球は、硬式球と同じく硬いボールですが、表面は軟式球と同様にゴムで包まれています。硬式と軟式では、使用するバットとグローブも材質が異なるのですが、準硬式は硬式用のバットとグローブを使用します。

 理由はわかりませんが、大学医学部の野球部は、全国的に準硬式野球部が多く、私が所属していた旭川医大野球部も(北海道大学医学部や札幌医大野球部なども)準硬式でした。

 医学生が参加する準硬式野球の大会は、医学生だけの全国大会(医科学生総合体育大会)のほか、医学部以外の大学も所属する大学準硬式野球連盟の大会もあります。旭川医大は北海道地区大学準硬式野球連盟に所属しており、春のリーグ戦と秋のトーナメント戦を戦います。春のリーグ戦は、成績順に一部から三部までのカテゴリーに分かれています。一部から三部の各リーグの上位のリーグ最下位のチームと下位のリーグの優勝チームとの間では入れ替え戦があります。

 大学準硬式野球連盟の大会は、医学生のみの大会とは異なり、医学部以外の大学は高校時代に甲子園を目指して本格的に硬式野球に打ち込んでいた学生ばかりですので、かなりレベルが高いです。中には、本当に甲子園に出場したことのあるテレビで見たこともある選手もいました。

 医学部のチームとは個々の選手の能力に圧倒的な差があり、特に一部リーグのレベルになると、医学部のチームが医学部以外のチームに勝利することはかなり難しいという現実があります。しかしながら、個々の選手のレベルが低くとも、チームとして団結して一丸となって戦い、少ないチャンスをものにできれば、足元をすくって勝つチャンスもゼロではありません。野球素人のような集団が、野球エリートの集団を泥臭い野球で撃破することは、この上ない爽快な気持ちにさせてくれます。まさに快感なのです。

 私は、本当に幸運で、現役時代に、偉大なる先輩たちのおかげで、旭川医大野球部史上初となる二部リーグから一部リーグへの昇格と一部リーグでの試合を2シーズン経験させていただくことができました。しかしながら、二部と一部では大きなレベルの違いを痛感させらざるを得ませんでした。6チームの総当たりのリーグ戦ですが、一部リーグは一勝することが本当に難しかったです。他大学の個々の選手の技術も高いですし、優勝チームは全国大会への切符も得ることができるので勝利への真剣さも違います。

 チームとしての初めての一部リーグにおいて個人的に特に印象的だったのが、初戦の北海道大学全学(文系や理系など北大の全部の学部から選手が集まっているという意味)との試合において、試合開始と同時に始まった北大の応援部(学生服を着た昔ながらの本格的な応援部)の今まで経験したことのない圧倒的な大音量の応援に圧倒されて、完全に浮足立ち、平常心を失ってしまったことです。

 昇格して初めての一部リーグでは、北海道大学医学部(ちなみに、北大医学部の準硬式野球部は、旭川医大よりも遥かに長い歴史があり、一部リーグの常連で、医学部の全国大会でも毎回必ずと言っていい程上位に進出します。旭川医大は世代によって波がありますが、それがありません。突出した選手がいない世代でも必ずチームを作ってくるのです。伝統の底力をいつも痛感させらます。まさに称賛に値します。)との最下位争いを何とか制して、一部残留を果たすことができましたが、翌年は最下位となり、二部の優勝チームとの入れ替え戦にも敗れ、再び二部に降格となって卒業することになってしまいました。せっかく先輩たちのおかげで一部に昇格させていただいたにも関わらず、結果的に残留できずに卒業することになってしまったことには、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 来年は、旭川医大野球部にとって久しぶりの一部リーグでの試合。後輩たちには、厳しい戦いが待っていると思いますが、多くの先輩たちの憧れの舞台であった一部リーグで試合ができることの喜びを感じながら、最後まで諦めることなく、必死にくらいついて、少ないチャンスをものにして、勝利を掴み取ってほしいと思っています。

 旭川医大野球部の歴史は、創設以来、沢山のOB、マネージャーをされていたOGの方々の長年に渡る様々な形の努力の積み重ね、自分の世代だけではなく次の世代に繋いでいくという想いによって創られ、現在に至っているはずです。

 もちろん、プレーしているのは現役の選手たちですが、現在の環境で練習や試合が当たり前のようにできているのは、実は当たり前ではなく、多くの先人たちの、努力、苦労、試行錯誤、後世に繋ぐという想いの積み重ねによって成り立っていることを決して忘れてはなりません。

 一つ一つの試合は、現役の選手のみならず、多くのOBやOGたちも一緒に戦っているという気持ちを持って戦って欲しいものです。

 試合をすること、試合に勝つことについて、可能性がゼロでなければ、1%でも残されているのであれば、最後まで諦めずにやり遂げるべきです。

 学生さんたちには、現役時代に夢が叶わなかった多くのOB、OGたちの想いも背負って、是非とも頑張っていただきたいです。

 

 

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