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2024年を迎えて

[2024.01.04]

 2024年新春を迎えました。こちら北見市は、大晦日から元日にかけて、まとまった雪が降り、一気に雪景色となりました。強い風が吹くことはなかったため、静かに深々と雪が降り積もった印象です。

 穏やかな気持ちで、お正月を迎えることができたと思いきや、突然の夕方の能登半島の大地震のニュースに大きな衝撃を受けました。

 私は、北見市内の実家で、親戚みんなで夕食をいただこうとしているところでしたが、生中継で民家が崩れ落ちる瞬間を目の当たりにし、大津波警報の発令と共に、アナウンサーの方の『今すぐ逃げて!!』という鬼気迫る呼びかけを耳にして、2011年の東日本大震災の大津波のことを思い出し、しばらくその場から動けなくなってしまいました。

 現時点でも、亡くなられた方、怪我をされた方、救助を必要とされている方が多数いらっしゃると聞きます。また、多くの方が、家を失い、家に戻られなくなり、避難されているそうです。本当に心が痛みます。

 さらに、翌日には、羽田空港において、大型旅客機と能登半島の大地震の援助に向かおうとしていた海上保安庁の飛行機との大変大きな航空機事故が発生し、犠牲者が出てしまったことに、さらに大きな衝撃を受けました。

 被害に遭われた方々は本当にお気の毒で、なんとも言葉にならないのですが、何の前触れもなく、身近に突然訪れる、災害や事故の恐ろしさとそれらへの対策・対応の大切さを改めて感じさせられました。

 そんな中、様々な意見があるようですが、能登の大地震での大津波警報の際のNHKの女性アナウンサーの方の『今すぐ逃げて!!』の鬼気迫るような、叫ぶような呼びかけには、きっと、2011年の東日本大震災の教訓が生かされていたのであろうと想像します。

 一部では、「トーンが強すぎて、恐怖をあおり過ぎだ。」とか「あれでは、落ち着いて避難することができず、かえって危険だ。」、「火の元のへの注意が促されていなかった。」という意見も寄せられているそうですが、それは、あくまで、ケースバイケース、時と場合によるものであり、東日本大震災の大津波でたくさんの人々が次々に秒単位で海に飲み込まれていく様を思い出せば、命を守るために一分一秒を争うような状況では、例え慌てて逃げることで怪我をすることになったとしても、例え結果がいわゆる“空振り”に終わったとしても、あのように、人々に恐怖を煽るくらいの強い口調で、気持ちをこめて、繰り返し呼びかけることは大正解であったと個人的には思います。

 東日本大震災で被災してもいない私が、しかも、今回の大地震で犠牲になられた方がいる中で述べることは不謹慎であるかもしれませんが、過去の東日本大震災の大津波の教訓が生かされていた対応のように思え、そのNHKアナウンサーのアナウンスは、過去の経験、日頃の訓練の賜物であると感心させられ、さらには、一人でも多くの人の命を救いたいという必死な気持ちが感じられ、涙が溢れそうな感動すら覚えました。プロフェッショナルの仕事であると感じました。

 一方で、羽田空港での事故では、パニックになりそうな乗客もいる中、できるだけ安全で迅速な脱出を行うために、脱出のタイミングが来るまでの間、乗務員の方が冷静に対応している様子が報道されておりましたが、それによって、乗客・乗務員全員が命を落とさず脱出できたことにつながったそうです。脱出できるタイミングが来るまでは、あくまで冷静沈着に粛々と速やかに準備を進め、いざ脱出のタイミングが来たら脇目も振らず一気にGoということだったのでしょう。

 ある元乗務員の方のお話によると、航空会社では、日頃の訓練も実際の事故を想定して非常に緊張感をもって繰り返し行われているそうです。その方も、実際に過去に大きな事故に遭遇され、その恐怖の記憶から二度と現場に復帰したくないという気持ちになられたそうですが、経験者であるからこそ、事故の恐怖・心理状態も含めて後進に伝えることが自分の使命であると、自身の気持ちを奮い立たせて現場に復帰されたそうです。

 今回、不幸にして起こってしまった大きな災害と事故は、過去の経験・教訓を活かすことの大切さ、それらを次の世代に引き継ぐことの大切さを改めて教えてくれたように思います。

 2011年の東日本大震災から13年が経過しようとしていて、若い人たちの中では、その当時の出来事を知らない人たちも増えているそうです。過去の戦争に至っては、太平洋戦争の終戦から79年が経過しようとしていて、戦争の時代を知っている人たちが少数になってきているのが現実です。私が子供の頃は、終戦の日や原爆投下の日などが近づくと、戦争の悲惨さを伝えるためのテレビ番組や映画などが数多くテレビで放送されていたのですが、年々、徐々に、それらは少なくなって、最近はほとんど見かけなくなっている印象です。

 人は、痛い目に遭わなければ、重要なことに気付くことができず、それに対する対策をとることもできないものですし、痛い目に遭っても時間が経てば忘れてしまいます(忘れることは、悲しい出来事に対して良い方向に働いてくれることもありますが。)。それ故に、過去の教訓というものは、経験者が、自分自身が忘れない意識を持つこと、未経験者に伝えることが非常に重要だと思います。

 さて、話題は変わりますが、新たな年2024年を迎えるにあたって、菅原眼科としての2024年のスローガンを定めました。

 今年のスローガンは『寄り添う』です。

「スタッフ一人一人が、一人一人の患者さんの気持ちに寄り添って、患者さんの立場になって、患者さんの未来のために、例え小さなことであっても、自分にできることを見つけて、取り組んで、実践していきたい。」という思いを込めています。

 最近は、デジタル技術の進歩の影響でしょうか、生活や仕事のあらゆる面において、タイムパフォーマンス(時間対効果)やコストパフォーマンス(費用対効果)の良さを求められる世の中になっているようですが、そんな時代においても、進歩する医学と共に歩みながらも、「医は仁術なり」と言われるように、医療の原点に立って、患者さんの気持ちに『寄り添い』、患者さんの立場に立って、患者さんの目線で、より良い医療を提供していきたいと考えております。

 皆さんも、コロナ禍で、人と距離を置かなけらればならない時間が続いた故に、人に『寄り添う』ことの尊さ、重要性を再認識されたのではないでしょうか。

 これからの時代は、AI(人工知能)やロボット技術が急速に進歩し、私たちの暮らしが益々便利になる一方、これまで人間が行っている多くの仕事がAIやロボットに取って代わられて、将来的に消滅する職種も多数出てくることが予想されています。

 それでも、人間の気持ち・感情などの部分は、AIやロボットがどうしても苦手な部分として残っていくようで、その部分こそが、人間にしかできないことになりそうです。

 未来の医療を見据えるうえでも、人に『寄り添う』という気持ちは、医療において不可欠、決して失ってはならない部分であるという認識で、日々医療に携わっていきたいと考えております。

 2024年も、菅原眼科は、開設の理念を大切に守りながら、前進を続け、ふるさとの皆様により良い医療を提供できるよう、努力を続けてまいります。

 どうぞ皆様、本年もよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

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