『持続可能な』治療を目指して
2024年4月2日で、開院して3年5か月が経過しました。この日までに、10946名の新規の患者様が来院され、3186件の手術(このうち白内障手術は3135件)を施行させていただきました。
皆さんは、SDGsという言葉を目にされたり耳にされたりしたことはありますか?
SDGsとはSustainable Development Goalsの略語で、日本語では『持続可能な開発目標』と訳されます。2015年9月の国連サミットで採択された「地球上の誰一人残さずに、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標」で、17の目標で構成されています。
17の目標は以下の通りです。
①貧困:貧困をなくそう
②飢餓:飢餓をゼロに
③保健:すべての人に健康と福祉を
④教育:質の高い教育をみんなに
⑤ジェンダー:ジェンダー平等を実現しよう
⑥水・衛生:安全な水とトイレを世界中に
⑦エネルギー:エネルギーをみんなにそしてクリーンに
⑧成長・雇用:働きがいも経済成長も
⑨イノベーション:産業と技術革新の基礎をつくろう
⑩不平等:人や国の不平等をなくそう
⑪都市:住み続けられるまちづくりを
⑫生産・消費:つくる責任つかう責任
⑬気候変動:気候変動に具体的な対策を
⑭海洋資源:海の豊かさを守ろう
⑮陸上資源:陸の豊かさも守ろう
⑯平和;平和と公正をすべての人に
⑰実施手段:パートナーシップで目標を達成しよう
最近は、SDGsにちなんで、「持続可能な」という言葉をキーワードに、様々な分野のお話を耳にしたり目にしたりする機会が増えているように感じます。
先日4月6日に、昨秋に私の母校である旭川医科大学の眼科学講座の教授に新たに就任された長岡泰司先生に北見にお越しいただき、ご講演いただく機会がありました。
ご講演の演題は『持続可能な糖尿病黄斑浮腫治療を目指して』でした。まさに時代のトレンドである「持続可能な」をキーワードにご講演いただきました。
長岡先生は、小学校、中学校時代を美幌町で過ごされていたこともあり、この地域に大変ゆかりがある先生で、私個人としても、大変ご縁を感じる先生です。
大学の野球部の先輩で、私が1年生で入部した時の4年生の先輩でした。野球部入部の際にも、同郷ということで熱心に相談に乗って下さり、入部後も眼科入局後も大変お世話になりました。
美幌町には美幌中と美幌北中の2つの中学校があるのですが、長岡先生が美幌中の野球部に在籍されていた当時、私も美幌北中で野球部に在籍しており、重なっていた時期もございました。
先生は大学野球部ではキャプテンも務められ、ショートの不動のレギュラーとして抜群に野球が上手であったことも印象深いです。先生が試合でエラーをされた姿が私の記憶には全く無く、まさに鉄壁の守備を誇る名ショートストップでした。
講演会においては、僭越ながら私が座長を務めさせていただき、大変感慨深い気持ちに浸りながらご講演を拝聴させていただきました。
糖尿病の患者さんの中には、三大合併症と言われている糖尿病網膜症、糖尿病腎症、糖尿病神経障害を発症する方がいらっしゃいます。
眼科診療においては、糖尿病網膜症と接する機会が多いのですが、眼の糖尿病合併症としては『糖尿病黄斑浮腫』という病気も存在します。
黄斑とは、眼球内において光を受け取る網膜という神経の膜の真ん中の部位のことで、ものを見るうえで非常に重要な役割を果たしています。
糖尿病があると黄斑に液体が溜まってしまうことがあり、それによって網膜が歪んでしまう(カメラのフィルムが歪むあるいはスクリーンが歪むような状態)ために、見ようとするものが歪んで見えたり、ものの大きさが違って見えるなどの症状が出て、視力が大きく低下することもあります。その状態を『糖尿病黄斑浮腫』と言います。
『糖尿病黄斑浮腫』に対する治療としては、注射、レーザー治療、手術などがありますが、現在の主流は、「抗VEGF薬の硝子体注射」です。
VEGF(vascular endothelial growth factor)の日本語訳は「血管内皮細胞増殖因子」で、人体において血管を作るために働いているタンパク質です。
糖尿病の患者さんの眼球内においては、VEGFが増えることがあり、そのことが『糖尿病黄斑浮腫』が生じる主な原因であると考えられています。
VEGFの働きを抑えるお薬(抗VEGF薬)を眼球内(硝子体という眼球の大部分を占める空間を満たしているゼリー状の部分の中)に直接注射することで『糖尿病黄斑浮腫』を治療することができます。
ただし、この抗VEGF薬は約15万円と非常に高額です。医療保険が効くので患者さんが実際に支払う金額はその1~3割となりますが、それでもかなりの金額になります。しかも、注射は1回だけは効果が不十分なことが多く、再発もしやすいため毎月1回のペースで何回も繰り返すことが多い治療です。さらには、『糖尿病黄斑浮腫』は両眼に生じやすいため、患者さんの経済的な負担はかなり大きなものとなる可能性があります。
私も、これまで数多くの『糖尿病黄斑浮腫』の患者さんの治療に当たってきましたが、この抗VEGF薬治療は、患者さんにとって、経済的負担もさることながら、なかなか治療のゴールが見えない長丁場の治療となるため、精神的な負担や時間的負担も大きくなる治療であると感じています。それ故に「持続することが難しい」治療のひとつであると考えます。
今回の講演会では、この「持続することが難しい」糖尿病黄斑浮腫の治療をいかにして「持続可能な」治療にするかということをテーマにお話がなされ、参加者間で活発な討論がなされました。
最近、抗VEGF薬において、従来のものよりもより長期間にわたって効果が持続することが期待できる製品が開発され、近日、患者さんに使用することができるようになる見込みです。
新たな抗VEGF薬の登場で、患者さんの経済的・精神的・時間的負担が少しでも軽減され「持続可能な」治療が実現することが期待されます。
私自身も、糖尿病黄斑浮腫のみならず、様々な眼の病気において「持続可能な」診療が実現できるよう、日々、努力・工夫を続けていきたいと考えております。