メニュー

『深夜特急』を追いかけて

[2026.03.21]

 2026年3月2日で、開院して5年4か月が経過しました。この日までに、15398名の新規の患者様が来院され、4935件の手術を施行させていただきました。

 3月は卒業シーズンです。私も、小学校、中学校、高校、大学と卒業を経験してきました。それぞれのステージで、卒業時の思い出がありますが、今回は、大学卒業後時の思い出についてお話をさせていただきます。

 私が大学を卒業したのは1997年3月です。当時、私の大学では、卒業してから就職先で仕事が始まるまでの長めの春休みの間に、卒業旅行をすることが通例となっていました。

 医学部では卒業前に、医師国家試験(通称、国試)という一大イベントがあります。医師国家試験の合格率は毎年90%前後と高めですが、合格率が高いからといって決して易しい試験というわけではなく、試験に向けて膨大な量の知識を記憶しなければならず、準備を怠ると例え優秀な学生でも不合格となることがあります。何といっても、国試に受からないと、医学部を卒業しても医師なれず、仕事ができません。世の中的にも「受かって当たり前」という雰囲気があり、「絶対に落ちてはいけない」「落ちたら恥ずかしい」という独特の大きなプレッシャーがかかる試験ではありました。

 そんな国家試験を終えて、卒業もして、開放的な気分になったところで、卒業旅行に出かけることになります。但し、私は合格発表までは不合格になっていないかという不安が頭の片隅に付きまとっていました。ちなみに、私は自己採点は行っていませんでした。それは、もし、例え手ごたえが良かったとしても自己採点結果が芳しくなかった場合に、せっかくの卒業旅行が暗い気持ちの中でのものになることを恐れたからです。当時の私は、“落ちているかもという不安”と“自己採点結果が良くなかった時の落胆”とを天秤にかけて前者を選びました。

 多くの学生は、比較的少人数のグループで好きな行き先を決めて旅行するパターンだったようですが、私は一人で旅に出かけました。それは約3週間(21泊22日)のヨーロッパ一人旅でした。旅行会社のツアーではなく、いわゆる自由旅行です。旅行会社で往復の航空券とヨーロッパの鉄道乗り放題切符(ユーレレイルパス)のみを購入し、宿の予約もなしで、大きなリュックを背負って旅に出かけました。いわゆる“バックパッカー”というスタイルの旅です。

 その旅を思い立ったきっかけは、作家・沢木耕太郎さんの小説『深夜特急』です。『深夜特急』は、沢木耕太郎さん自身が香港からロンドンまで乗り合いバスのみを使って約一年かけて旅をした実話をもとに書かれた旅行体験記です。

 実際のきっかけは、小説を読んだからではなく、そのドラマ『劇的紀行 深夜特急』(名古屋テレビ制作、大沢たかおさん主演のドキュメンタリードラマ)を大学生時代に偶然テレビで見たことでした。そのドラマは、大沢たかおさんが小説に基づいて現地に足を運び、沢木耕太郎さんの旅を再現するような形で撮影されており、見ているものが実際に旅をしているような気持ちにさせられるものでした。私は、その世界に引き込まれるように夢中になって見て、心が震えるような感動を覚え、いつしか自分も同じような旅をしてみたいと憧れるようになっていました。

 私の旅の資金は、子供の頃からのお年玉や大学生になってからのアルバイト代などをコツコツ貯めたお金でした。当時はスマートフォンはおろか携帯電話もインターネット環境もなかったので、『地球の歩き方』というガイドブックと『トーマスクック・ヨーロッパ鉄道時刻表』という鉄道時刻表、ヨーロッパ旅行用の会話辞書、そしてドラマ『深夜特急』のイメージのみを頼りにした旅でした。ロンドンの空港に降り立ってからは、帰りのパリの空港からの飛行機のみが決まっていて、それ以外は未定、ガイドブックと時刻表を見ながら、その時に行きたいと思い立ったところに行き、現地で安宿を探して泊まるという、まさに行き当たりばったりの旅でした。

 英会話も全くと言っていいほどできず、それぞれの国の言語も違う中、知っている英単語、会話辞書、身振り手振りで注文をしたり交渉をしたりだったのですが、あるホテルでは、あまりにも言葉が通じなくて、フロントの方にキレられたこともありました(でも、最終的には泊まらせてもらえました。)。食事は、断片的な記憶しか残っていないのですが、ほとんどの宿は素泊まりでしたので、限られた予算の中、行き当たりばったりで道端のお店でファストフードのようなものを食べながら繋いでいたように思います。ガイドブックを片手に、とにかく歩きに歩きまくったのですが、当時は若かったので、あまり疲れを感じることもなく夢中になって歩いていました。

 飛行機で降りたイギリス・ロンドンから、バスに乗り、バスごとフェリーに乗ってドーバー海峡を渡り、ヨーロッパ大陸に上陸、その後、ユーレイルパスを使って特急列車や鈍行列車を乗り継ぎながら、ベルギー、オランダ、ドイツ、オーストリア、イタリア、フランス、スペイン、再びフランスと渡り歩きました。途中、パトカーを装った偽警察にリュックをひったくられそうになったり、コンタクトレンズを片方落としたり(当時は使い捨てのものではなかったので紛失したら替えがありません。)、リュックのひもが切れたり、お釣りの出ない自動販売機にお金を吸い取られたり、有料の公衆トイレのカギのかけ方を間違えてドアを手で押さえながら用を足さざるを得なかったり、などなど様々なハプニングに見舞われましたが、最終的には無事に帰りの飛行機に乗って日本に帰ってくることができました。

 振り返って今でもぞっとするのは、一人旅でしたので、もし事件や事故に巻き込まれてしまっても、助けてくれる人や連絡をしてくれる人がいない状況だったということです。失踪してもかなりの時間が経過しなければ、親などに気づかれることはないということになります。今となっては、自分が親だったら、子供がそのような状況下で異国を旅することは断固として反対すると思います。

 若さゆえの本当に無謀な旅ではありましたが、自分にとっては夢のような時間でした。時間と体力はたっぷりあるけど、お金のない貧乏旅行で、歳を重ねた現在では再現する気にはなりませんが、本当に貴重な体験だったと思っています。

 旅行会社がセットしてくれるツアーのような観光名所を自動的に巡る旅とは違い、自由な個人旅行は、面倒な点が多く、無駄が多く非効率ですが、反面、それぞれの地域の必ずしもポジティブではない裏の部分も見ることができます。色々な国の裏の部分を見ることで、日本人であることを幸せだと感じたり、他の国の日本の文化にはない良い部分を見出して自分の人生を豊かにするためのヒントを得ることもできます。

 旅は人生を豊かにするきっかけになると思います。特に人生設計をするための選択肢の多い若者には、できるだけ旅をして視野を広げて欲しいと思います。但し、安全はしっかり確保してという条件付きですが。

 たまたま、偶然巡り会った『深夜特急』が自分にとってかけがえのない経験と思い出をもたらしてくれました。人生は偶然の積み重ねのような部分があり、本当に面白いと常々思います。

 『深夜特急』は私にとっての宝物として心の中に残っていますが、自宅には小説『深夜特急』全6巻とドラマ『劇的紀行 深夜特急』DVDボックスが物理的な宝物として残っています。

 皆さん、特に若い人達には、『深夜特急』の世界に是非触れていただきたいと思います。オススメです。

 

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME